朗読者からのコメント 「鼻」





 芥川龍之介の「鼻」は、今から100年ほど前の作品です。今昔物語の「池尾禅珍内供鼻語」などを題材として 人間の心に焦点を当てて描いています。

 禅珍内供は長い間、細長い腸詰のような鼻を苦に病んできました。内供はこの鼻によって傷つけられる自尊心に 苦しみ、自尊心の毀損を恢復しようとしました。鼻を短く見せる方法、自分と同じような鼻を見つける試み、 鼻を短くする方法を試みますが上手くいかずかえって不快になります。あるとき、弟子の僧が、医者から長い鼻を 短くする方法を教わってきました。内供は、弟子の僧が自分を説き伏せてこの方法を試みることを勧めるように仕向け、 幸いにも鼻は短くなりました。もう誰もわらうものは無いに違いないと思います。ところが、数日たつ中に、前よりも一層 可笑しそうな顔をされ、鼻の長かった数日前を思い出してふさぎ込んでしまいます。 「他人の不幸に同情しない者はない。しかしその不幸を切り抜けると、もう一度その人を同じ不幸に陥れてみたい ような気にさえなる。」 人にはこうした矛盾した感情があります。内供は、鼻の短くなったのを恨めしく思いました。 ある朝、眼をさますと、昔の長い鼻に戻っているのに気づきました。鼻が短くなった時と同じようなはればれした 心もちが戻り「こうなれば、もう誰もわらうものはないにちがいない。」と心の中で囁きます。



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 最初に原稿を見たときには、禅珍内供、内道場供奉、渇仰、鋺、紺の水干、白の帷子、柑子色、椎鈍の法衣、 舎利弗、竜樹、馬鳴、震旦、蜀漢、劉玄徳、烏瓜、折敷・・・など、読めない文字ばかりが並び、 難しい文章だと感じました。調べていくうちに、仏教の世界を知らなかっただけということがわかり、 違和感なく自然に読めるようになりました。禅珍内供の心の動きが理解されるように朗読しました。
(20分47秒)

 渋谷 朗読シアターの各作品には、原稿を表示する機能も持たせています。これは、 「今はもう使われなくなった古い言葉を聴いても理解できない」という問題を改善したいと 思ったからです。


岡田定晴


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