朗読者からのコメント 「蜜柑」





 大正8年に発表された小説で、その当時の社会を垣間見ることが出来ました。汽車の中の 小娘の行動を理解する前と、その後の心の変化が描かれています。

 横須賀線発上りの二等客車に乗り、言いようのない疲労と倦怠を感じている主人公。その 同じ客車に、13~14歳くらいの小娘が慌ただしく乗り込んできます。 霜焼けの手、下品な顔立ち、不潔な服装の小娘の存在を忘れようとして、夕刊の紙面を 見ます。平凡な記事で埋まる夕刊と、田舎者の小娘、隧道の中の汽車が、不可解な、下等な、退屈な 人生の象徴とに思われ、読みかけた新聞を放り出します。 気づいてみるといつの間にか、小娘が主人公の横に席を移して、頻りに窓を開けようと しています。汽車が隧道に入って、煤を溶かしたようなどす黒い空気が車内へ漲ります。 汽車が隧道を抜けて、貧しい町はずれの踏切にさしかかったとき、 小娘が窓から、蜜柑を5つ6つ、わざわざ見送りに来ていた弟たちに投げました。 このとき、主人公は小娘の行動を理解し、朗らかな心もちが湧きあがり、別人を見るように 小娘を見ました。言いようのない疲労と倦怠、不可解な下等な退屈な人生をわずかに忘れることが出来たのです。



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 この朗読は、私にとっては大変難しいものでした。主人公のように、疲労と倦怠を感じた 経験は、私にはほんの僅かな期間しかありませんでした。自然に読んでいれば、ついつい、 明るく前向きな表現になってしまいます。あらすじに書いたような、主人公の心の変化を できる限り忠実に表現できるように、朗読をしました。
(11分30秒)

 渋谷 朗読シアターの各作品には、原稿を表示する機能も持たせています。これは、 「今はもう使われなくなった古い言葉を聴いても理解できない」という問題を改善しなくては と思ったからです。


岡田定晴


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